ハイウィルの沿革

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創業から89年。株式会社ハイウィルの施工技術の源を少しでも知っていただければ幸いです。

1919年 弊社、株式会社ハイウィルは1919年に曽祖父が創業した瓦専門工事業いなば屋の流れを汲む会社です。
私自身も職人の中で育ち、幼少の頃の遊び場は、瓦の下小屋でした。
木工事に技術にこだわるのも原点はここにあります。
その歩みを辿っていきたいと思います。

1919年 初代 稲葉市太郎

創業者市太郎は茨城県の石岡(現在は筑波学園都市あたり)で幼少から青年期を過ごしました。教育に熱心な家であったようです。甥に会計学では有名な黒澤清先生がいます。

曽祖父は明治41年に制定された学制の一番乗りで当時石岡でははじめての尋常高等小学校を卒業することになりました。しかし高等学校には進みませんでした。曽祖父は古代瓦に異常なほどの興味をもたれたそうで、奈良・京都にはよく出かけたそうです。18歳のとき単身東京に赴き、宮大工の紹介で社寺瓦職人のところへ住み込んで修行したそうです。
1919年稲葉瓦店として瓦専門工事業を創業。社寺の屋根工事を中心に営業を開始しました。
1921年
1919年

私の祖父である稲葉輝男が誕生した、大正10年1月1日ごろ(1921年)、 明治以来の幕藩支配体制が揺らいで、政党勢力が進出しました。
祖父は、大正デモクラシー、震災復興を経験し、そのような大正期を過ぎて昭和12年日中戦争開戦の年に高校を卒業し曽祖父の下で働くことになりました。
18歳という年は多感な年でもありいろいろなものに興味をもったそうです。その中でも特に吉川英治の作品は寸暇を惜しまず読み耽ったそうです。それが後々の人生に大きな影響を与えることになりました。

1919年 二代目 稲葉輝男
1942年 23歳の時、昭和17年12月に召集令状が届くまでの5年間、昼間は祖父と仕事し夜は町の青年団のリーダーとして満州建国のことや治安維持法のことについて大いに議論をしたそうです。

1942年
1943年 昭和18年から2年半海軍に入り終戦をむかえるまで命を擲って米軍と戦いました。そのときかたときもはなさず持っていたのが「歎異抄」だったそうです。吉川英治の親鸞の影響を受けたのでしょう。

1943年 創業者市太郎との別れの時
1947年
1947年 終戦後まもなくの板橋区建築業組合発足記念写真・・・昭和22年11月9日

曽祖父(当時55歳)は第一線から退き地域の建築組合設立や古代瓦の研究に力を注がれました。
1949年
1949年 昔は屋号が入っている半纏を着て作業しました。
紺色の半纏をまとうことが縁起担ぎでもありました。
・・・昭和24年
1949年 昭和24年の建舞風景:当時は建舞というと棟木のてっぺんに角樽を乗せました。
1949年 木の不足している戦後まもない時代に総檜の平屋造を施工。
1951年 昭和26年当時の父が生まれた頃の社屋(作業場)

1951年
1951年
1952年 祖父は敗戦後の荒廃した都市と人心に明るい息吹を吹き込むべく、衣食住の住の部分に都市の片隅である地域から復興を叫び、若干27歳で瓦友会を結成し、後に全国地域の瓦組合の礎を築いたそうです。

1952年 瓦友会発足式(中央右が二代目)・・昭和27年

また、祖父は瓦職人として曽祖父ゆずりで神社仏閣の瓦葺きに興味をいだき廃寺になりそうな屋根を見ては無償で修理をしたそうです。親鸞の教えである利他行に専念したのでしょうか、お金がなくて雨漏りで困っている人を見ては、率先して修理をしてあげ、あるとき払いの催促なしです。そのような祖父を持った私は幸せであり尊敬しております。
1959年 稲葉瓦店の創立40周年記念式典。

1959年

1969年 昭和44年のことでした。祖父の念願であった宮造り屋根の本格的な建造物(菊池邸)の新築を施工しました。この工事は3年に及ぶ長期なものとなりました。
現在、こちらの建造物は埼玉県に移譲されており、年に1度開放されております。
その際には多くの外国人が見学に訪れております。
その施工風景が会社の金庫に保管されておりましたので掲載いたします。

1969年 当時としてはいち早く機械はしごを採用して施工に取り組んでいます。
荒木田土は右下の一輪車で屋根まで運ばれました。
1969年 中央が二代目の祖父で左が3代目を継いでいた叔父です。
1969年 祖父の瓦組立作業です。(切隅瓦の組立細工・・高度な施工技術が要求されます。)
1969年 入母屋のみのこ破風刃根丸、化粧棟、隅棟の取り合い写真(現在はこのように葺ける職人が少なくなってきています)
1969年 東殿大棟(京丸伏間瓦)大棟十一辺積(箱心立施す)
1969年 本葺瓦葺・・本葺とは平瓦と重ね葺きしその重ねに須丸を葺くことをいいます。
1969年 西殿千鳥破風(ニノ平本葺瓦。片切りは袖丸瓦使用。)
1969年東殿化粧棟より大棟を望む
1969年 東棟より千鳥破風を望む・・角棟(切隅瓦・経ノ巻一文字瓦)使用
1969年
この現場で運命的な出会いがありました。
祖父が佐々木宮大工の技術に感銘を受け師事。
10年後に木工事集団として建設業者となるまでの礎となります。
1977年 叔父は大学卒業と同時に祖父の片腕として職人の世界に入りました。
はじめは母校の社会科の教員として従事しようと思っていたのですが、大学でサッカーをしていたほどの体育会系でしたので、職人を束ねた世界に身をおいてどこまで自分のリーダーシップを発揮できるか試したかったのでしょう。また叔父は非常に正義感が強く有り余る精力を地域のボランティア活動に向けるようになりました。
仕事が終わるとすぐに叔父が結成した社会福祉団体に多くの青年を集め、町の発展や地域の活性化に心血を注いでいました。
いつしか多くの人から信頼を集め、大きなパワーとなり政治の道へ進むことになりました。
36歳という若さで区議会議員に初当選をして、49歳で都議会議員になりました。

叔父が政治の道へ進んだため、叔父の弟であった私の父が祖父の後を継ぐ決心をしたそうです。26歳のときです。

1977年 三代目 稲葉悟
1982年 父が会社に入り、しばらくして会社は大きく変わりました。転換期を迎えます。
昭和57年、父が31歳のときに今までの瓦専門工事店から建築総合請負業に事業を拡大いたしました。そして二代目の祖父は65歳で現役を退きました。
社名を「加和楽建設株式会社」と改め新築工事を専門にスタートを切りました。
改組後初めての新築工事は私も良く知っている父の先輩のお宅でした。父はこの先輩には足を向けて寝ることはできないといつも言っておりました。
それもそうでしょう。父が新築の右も左もわからない時に、「俺の家でしっかり木造住宅のノウハウを覚えておけよ!」と言ってくれたそうです。父はこのような先輩をもてた幸せと利他行を実践している先輩に心から感謝しておりました。その工事を皮切りに親戚・友人・知人と新築工事を本格的に施工していくこととなりました。
1998年 私、稲葉高志が四代目となります。

1977年 四代目 稲葉高志

幼少の頃より、たくさんの職人に囲まれて育っていたので、この世界に入ることはごく自然な流れだったように思います。
中学の頃から休みとなれば、仕事を手伝うようになりました。当時は祖父が現役でしたので材木を運んだり、屋根に登っていろいろ教えてもらったり、時にはこっぴどく叱られたりと祖父からは、仕事に対する誇りと面白さを教えてもらったように思います。
いつかは祖父のようになりたいなぁと、子供ながらに惹かれていきました。

大学中退後、大手のディベロッパーでの不動産販売を経験後、私は父の経営する工務店に就職することになりました。入社した頃には、祖父は現役を退き父が経営する総合建設業となっておりました。
1998年 入社して初めて管理させていただいたのが板橋区にある文殊院でした。
1998年 難易度がかなり高く職人さんに怒られながらやっていたのをよく覚えております。

祖父は職人タイプの人間でしたが、父は経営者タイプの人間でした。
大工の専門学校に通いながら、不動産、新築、そしてリフォームとさまざまな仕事を経験させてもらいました。
やはりそれぞれの仕事に難しさや面白さがあり、同じ住宅関連の仕事であっても考え方やノウハウがずいぶん違うんだなぁと実感しました。
中でも私がもっとも面白いと感じた仕事はリフォームでした。
2001年 ついにリフォーム店として独立しました。
自分の力を試してみたかったというのが正直なところです。 とはいうものの、お金がなかったので借りた事務所はバラックというか、馬小屋みたいなところでした。(東京にもそんな物件があったのです。笑)
2003年5月 リフォーム事業と住設機器販売事業を行なう会社として、2003年5月に個人事業から念願の法人組織へ改組。株式会社リブウェルの設立です。

1998年

日々の営業活動をしていて私には、いつも素朴な疑問がありました。
どうして、こんなに住宅業界は不透明でわかりにくい業界なのか!と。

日本は他の先進国と比較しても流通体系が非常に複雑で製造者から一般の施主へ商品が渡るのに何社もの中間業者が入りマージンを取るという体系となっています。

リブウェルはこの流通体系を打破すべく、とりわけ住まいを構成する建材の中でも金額的なウェイトの高い住宅設備機器の流通を変えよう! という目的で住設販売部を設置しました。そして業界でも先がけて「施主支給」というシステムを採用採用しました。 いくつもの商社に相談し、最初は門前払いでだった交渉も情熱が伝わりお取引していただける商社が出来てきました。 これにより住まいに関わる商材に関してマージンがよりかからない形でご提案が可能となったわけです。 この体制を取りいれている施工会社は、現在もまだ少ないと言えるでしょう。
2004年10年 2004年3月、バラック小屋の事務所から板橋区前野町の倉庫付の事務所に移転、その後、より多くの方に「施主支給」という手法を知っていただきたいという強い思いと共感していただける方のバックアップもあり、「施主支給」というシステムを本格的に体系化しよう、そして流通を変えよう!という強い決意が生まれるようになりました。
よりスピーディーに広く認知したいという思いがあり、そのための手法としてインターネットしかないという確信がありました。
webマーケティング機能と流通機能を持ち合わせた会社がこの業界に必要だという確信から2004年10月、株式会社ライブウェーブを設立。株式会社リブウェルより住設販売業務(卸売)を移管しました。

限りなく経費を抑えた形でインターネットに特化する戦略を立て、いくつもの仮説を立てながらトライ&エラーを繰り返し改善を重ねるながら実績つくりをしていくことになりました。
確かに経費は今までのようにかからないモデルでした。
2005年11月 しかし、「施主支給」というシステムは、インターネットならではの弊害もあり、(インターネットという顔の見えない相手に高額なキッチンやバス(お風呂)を購入するだろうか。
少なくとも私は不安だと思ったのです。顔が見える実店舗が必要だと!)デザインリフォームと施主支給の相談にお気軽にご来場いただける住まいの相談サロン『Doux Studio』を加和楽建設株式会社と共同で東京都練馬区大泉学園町にオープンしました。

1998年
2007年12月 株式会社リブウェルが運営する施主支給サイト『住設・建材百貨店』がさまざまなメディアに 取り上げられたことや市場自体の盛り上がりもあり、会員数も1万人を突破。施主支給(システムキッチンやユニットバス販売の分野)のリーディングカンパニーとして不動の地位を築くことが出来たという実感をもてるようになりました。
本業であるリフォーム事業は「施主支給」を受け入れるモデルへ転換し斬新な切り口で営業活動ができるようになりました。
施工のノウハウについては、加和楽建設株式会社で学んだものであったのですが、そうそう真似のできるものではありません。4年間、加和楽建設の施工ノウハウを活かし木工事の技術力とデザインの融合を目指し頑張ってきましたが、毎日が勉強です。
私は、私は1919年より長年に渡り培ってきた体制に、この「施主支給」の要素をなんとかして導入してみたい。 そう思うようになりました。
そこで12月に、株式会社リブウェルのリフォーム事業部を私が学んだ加和楽建設建設のリノベーション事業部へ統合し新しいリフォームの形を提案しようと決意しました。
加和楽建設株式会社という社名も自分の生涯を住宅に捧げる覚悟から自分の名前『高志』にちなみ、高い志をもつ会社でありたいという願いを込め『株式会社ハイウィル』と命名、新たな一歩を踏み出しました。

株式会社リブウェルは「施主支給」を通じてお客様に必要とされる住まいのトータルアドバイザーを目指し、更なるサービスの充実と価格面での更なる企業努力の実行を決意いたしました。
2008年~現在 2008年4月、ミサワホーム創業者の三澤千代治元社長の著書「200年住宅を一緒に!」に感銘を受け三澤千代治さんにアポなしで訪問。三澤さんに熱く住宅のあり方について指導を受け、三澤社長が生涯かけて展開する200年住宅「HABITA」(MISAWA・international株式会社)と提携。
1919年からの瓦工事業者としてのルーツを忘れてはいけないという三澤社長の指導もあり、ブランド名を『HABITA瓦』と命名していただきました。

私は“住まいづくりは、生き方づくり”をモットーにしています。
物理的なモノとしての家ではなく、家族みんなが生活する場としての住まいをご提供していきたいのです。そのために必要なのは、どんどん出店して多店舗化していくことでも、単純に売上を伸ばしていくことでもありません。お客様の要望をお聞きして住まいづくりがご提案できるスタッフ、すなわち人づくりが私の仕事だと考えています。

曽祖父から祖父へ、祖父から父へ、そして父から私へ言い伝えられてきた言葉があります。「忘己利他」という言葉です。
自分の利益を考えず、お客様の利益に徹することが最終的には自分の生きがいに通じるということ。生きているという実感がそこにあるんだ。と教えられてきました。
逆に考えれば、お客様に対する姿勢が自分の人生の成長の糧なのだと思います。

これからも自然体でお客様に接していける会社を目指して従業員と共に日夜研鑽していきたいと思います。

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